初詣2025の2日目:8⃣落合斎場そばの寺院密集エリア(中野区上高田)
あんまり駆け足で次々と公開したので、ゆっくりと再公開します。
初公開:2025/01/04 21:00
7⃣から続いています。
青原寺
正見寺の西隣にあるのが青原寺です。
源通寺
青原寺の西隣にあるのが源通寺です。
1610(慶長15)年創建の浄土真宗大谷派のお寺です。
創建時は外神田にある東本願寺の境内にあったそうです。
数回の移転を繰り返し、現在地に来たのは1908(明治41)年だそうです。
高徳寺
源通寺の西隣にあるのが高徳寺です。
1201(建仁元)年に長野県で開山された浄土真宗大谷派のお寺です。
数回の移転を繰り返し、現在地に来たのは1908(明治41)年だそうです。
新井白石のお墓があります。
2014(平成26)年に中野区認定観光資源に認定されています。
龍興寺
高徳寺の西隣にあるのが龍興寺です。
1629(寛永6)年開山の臨済宗妙心寺派のお寺です。
創建時は今の飯田橋駅の近くにあったそうです。
数回の移転を繰り返し、現在地に来たのは1908(明治41)年だそうです。
松源寺(通称:さる寺)
龍興寺の何軒か置いて西隣にあるのが松源寺(通称:さる寺)です。
臨済宗妙心寺派のお寺です。
創建時は麹町にあったそうです。
その後牛込神楽坂に移転。
再移転で現在地に来たのは1908(明治41)年だそうです。
12月のご紹介した、虎ノ門の栄閑寺(杉田玄白墓所)も通称「猿寺」でした。
他にもあるとは思っていませんでした、猿寺。
こちら松源寺のお猿さんは栄閑寺のよりずんぐりしています。
昔境内で猿が飼われていたから、という由来のようです。
宗清寺
松源寺の何軒か置いて西隣にあるのが宗清寺です。
曹洞宗のお寺です。
牛込区(現在の新宿区)原町にあった松雲寺と牛込区喜久井町にあった浄泉寺が1907(明治40)年に港区芝に移転、合併して松雲寺になる。
その松雲寺が1913(大正2)年に今度は宗清寺と合併、現在地に移転したそうです。
平成中期の銀行並みに合併を繰り返したんですね。
山門
本堂
保善寺(通称:獅子寺)
宗清寺の西隣にあるのが保善寺です。
曹洞宗のお寺です。
調べても開山した年が出てきませんが、開山した和尚様が武田信玄の従兄弟というのは出てきました。
1904(明治37)年に牛込区(現在の新宿区)通寺町から移転して盛高院というお寺を合併し、現在に至るそうです。
別名の獅子寺の由来は、三代将軍徳川家光から獅子に似た犬(…チャウチャウ⁉)を下賜されたためだそうです。
何ともコミカルな獅子像。
すぐ西隣が「ほぜんじ幼稚園」でした。
この画像だけホームメイトよりお借りしました。
天徳院
保善寺の幼稚園をはさんだ西隣にあるのが天徳院です。
1602(慶長7)年に加賀藩第二代藩主前田利常が牛込に開基。
元々は神楽坂の赤城神社の隣にあったそうですが、1907(明治40)年に現在地に移転。
正見寺から天徳院まではわずか450m徒歩7分。
その450mの間に今回ご紹介した9寺院がずらりと並んでいました。
明治後期に他所から移転してきたというお寺が多かったです。
ここから東中野駅(700m徒歩10分)に出て帰路につきました。
落合斎場が現在の形になったという1893(明治26)年のすぐ後に移転してきている寺院が多いため、やはり鍵となったのは落合斎場でしょうか。
実は宗清寺の向かいにもう一つ、龍昌寺というお寺があります。
しかし道路に面して商業施設(桃太郎寿司)があり、その奥がお寺という位置取りのため、エンドウ夫婦は見落として帰って来てしまいました。
そのうち改めて行ってみようと思います。


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