(後編)私が長年かぎ針編みを避けていたトラウマの正体は…
この記事から続いています。
普段は「私は働いている(小学校教諭だった)から忙しいんです」を口実に、家事全般と娘二人の育児を同居している夫の両親に丸投げしていた私の生母。
それが突然かぎ針編みのモチーフ編みにハマり、ある日
「編んであげたから着なさい」
と、サイケデリックな色使いの、モチーフ編みを直線繋ぎした(だけの)ベストを私に渡してきました。
そんな時間があるのなら、たまには腰の曲がったお婆ちゃんに丸投げしている炊事・洗濯でもやったらどうだ?です。
私は幼児の頃は精神年齢>>暦年齢の子どもだったのと長期記憶が人一倍良いため、小学校低学年にしてそう思ったことをはっきり覚えています。
それに、同じモチーフ編みのベストでも、例えば下のようなモノトーンまたは控えめな配色のものならまだいいです。
画像はCreema(左)PINTEREST(中)オーエン屋(右)よりお借りしました。
しかし実際には、前編に書いたような理由から、レインボーカラーを原色で全部ぶち込んだ上にさらに黒で縁取りした、といった感じの奇抜な色遣いのモチーフ(しかも全て配色がバラバラ)をランダムに繋ぎ合わせた、といった感じのものでした。
少し似た感じの画像をネットで見かけましたが、編んだ人が気を悪くされるでしょうから画像は貼れません。
数日後、私が一向に着ようとしないのを見咎めた母親に理由を詰問されたので、私はつい本音を言いました。
私 「色がピエロみたい。嫌だ。嫌い。着たくない」
母親は大激怒して、目を吊り上げてまくしたてました。
母親「人の苦労を無にするのか」
私 「・・・」
母親「普通の子どもは、もし多少気に入らなくても、母親の苦労を気遣って着てみせるものだ」
私 「・・・」
母親「恩知らず!産んでやったのに!」
産んでやった、は彼女が私を言い負かしたい時に必ず発する常套句でした。
しかし余りにしょっちゅう連発するので、言われる私も慣れっこというか、言われても屁とも感じなくなってしまっていました。
とにかく、色が嫌いだ、着ない、と言い張りました。
これら(下画像)に更に黒を効かせた色使いを想像してみてください。
あなたは着たいと思いますか?
ピエロ衣装画像は楽天市場よりお借りしました。
母親「じゃあ〇〇ちゃん(母方の親戚の子)にやってしまうからね!それでもいいんだね!?」
私 「いいよ♬(願ったり叶ったり)」
しかしその後、〇〇ちゃんがそのベストを着ているところを一度も見たことはありません。
若干遠方に住んでいたため年に2、3度会うか会わないかという子でしたが…。
その後もしばらく母親は気が向くと自分用の小物などを編んでいました。
しかし結局、モチーフ編みの次の段階(もっと本格的で複雑なかぎ針編み)には行かないまま飽きてしまったようで、私が小学校を卒業する頃にはもう全くやらなくなりました。
高校生になって、棒針編みに興味を持った私が小遣いで買った毛糸でマフラーを編み始めると、さっそく見咎めた母親がやって来て言いました。
母親「私は棒編みは嫌い。なぜなら編み棒は危ないからだ。バスの中でこれ見よがしに編んでる人がいるけど、バスが揺れたら絶対に隣の人の目を指すからね。ああ怖い怖い。編み棒は人に刺さる危険物だから、私はやらないんだ」
まんま、イソップ童話の「酸っぱい葡萄(ぶどう)」です。
<「酸っぱい葡萄」イソップ童話>
手に入らないものを「どうせ酸っぱくて不味い」と貶めることで、自分の手に入れられなかったことへの不満やプライドを守ろうとする心理(負け惜しみや自己正当化)を表す寓話です。
かぎ針編みすらグラニー編みモチーフから先に進めなかった人には、その時私が挑戦していたアラン模様の棒針編み(割と複雑)は、到底手も足も出せなかったものなんでしょう、きっと。
こういった経緯から、私はかぎ針編みに苦手感を抱き続け、というか母親を連想させるのが嫌でたまらず、ずっと棒針編み一辺倒で来たわけです。
それが昨年末に
(還暦も過ぎたことだし、食わず嫌いを改めようか)
と、心機一転かぎ針編みで一作品編んでみたわけですが
さて、次は何を編もうか?とネットで無料編み図を流し見していた時「グラニー編み」の画像を見て、瞬時に上に書いたような一連のことを思い出した次第です。
本当に彼女はトラウマメーカーでした。








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