風景>散歩道>人形のまち岩槻❷城下町岩槻の概要と法林寺に着くまで
江戸時代の岩槻は、岩槻城の城下町でした。
現在の岩槻駅は城郭の外にあたることがわかります。
2マン獄なので、とても小規模な城下町です。
そのおかげで観光スポットが狭い地域に凝縮されていて、歩き回るのが楽です。
現在の観光マップ。
まずは太田道灌(おおたどうかん)公の墓所のある芳林寺へと向かいました。
上のマップの❶ですね。
駅チカです。
昨日、梅が綺麗だったという記事を書いたところです。
岩槻城を築いた人物は太田道灌の父・太田道真だとする説と別人説があります。
2万石の小藩で江戸時代は何度か領主が変わりました。
太田道灌は1457年に江戸城(別名千代田城・現在の皇居)を築いた人で、江戸城の初代城主ですが、暗殺されました。
時代劇に出てくる立派な天守閣を持つ江戸城は、1590年に徳川家康が江戸城に入城して自家の居城とし、大規模な拡張故事を行った後の姿です。
54歳で暗殺された道灌公の遺骨が眠るお墓があるのがここ芳林寺です
曹洞宗太平山芳林寺。
ただし太田道灌の墓とされる所は、実は関東に4ヶ所もあります。
❶大慈寺:神奈川県伊勢原市
❷洞昌院:神奈川県伊勢原市
❸龍隠寺:埼玉県越生市
❹芳林寺:埼玉県さいたま市岩槻区
Wikipediaに載っているのは❶と❷のみですが、検索すると❸❹も出てきます。
では長くなってきたので芳林寺についての詳細は「岩槻❸」で❗️
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