報道>ウィル・スミスの「アカデミー賞ビンタ事件」に思う
3/28に起きた、米アカデミー賞での、ウィル・スミスによる司会者(クリス・ロック)ビンタ事件。
日本では報道されるなり、ウィルスミスに同意、賞賛する声が大多数でした。
👇代表的な日本人の意見だなあと思ったのが、この方のコメントです。
申し訳ないですが、私は少々違和感を禁じ得ませんでした。
スミス氏の気持ちがわかる部分もある。
しかし、手放しに大絶賛というのは納得できない。
というのも、スミス氏が警告なしに手を出しているからです。
一度は「やめろ」と言葉で言うべきだったのでは❓
相手がそれでもやめなかったら、やむなしかもだけど。
警官が犯人を撃つ時も「武器を捨てないと撃つぞ」とひとこと警告しませんか普通。
それに米国のコメディアンのイジリって、日本人から見るとやりすぎレベルに過激なのがお約束になっているところがあるんです。
(英国ではもっと過激ですけどね)
梅沢富美男さんは、毒蝮三太夫さんやビートたけしさんが奥さんを「ババア」ってイジったらぶん殴るのかな❓と。
あれ❓梅澤氏自身が某プレバトで夏井いつき先生(俳人)をクソババア呼ばわりしてませんでしたっけ❓
本題に戻って。
欧米ではこういった場面で直情的になる人がひどく軽蔑される文化があると私は解釈しています。
「自分に不利な状況を泣いて誤魔化す女性」などもそうです。
(日本でも今や絶滅危惧種ですが)
日本では「涙は女の武器」という牧歌的な時代があったようですが、欧米ではそれをやったら最後というか「無能」のレッテルを貼られて、軽く見られるようになるのがオチでした。
しかし、日本の世論が「スミスよくやった」「スミスかっこいい」「ステキ」で沸いている中、私が反対意見を書いても、たぶんまた※アクセス数が激減するだけ。
※先日別の話題で激減中。まだ回復できてません。
そう思って静観しておりましたら、少しだけ間を置いて報道され出したアメリカ人の反応は、やはり日本とは違ったようです。
私はキャンベル氏の意見に近いです。
まず一度は言葉で返すべきだった。
それに奥様のジェイダ・スミスさん。
彼女が一般人で、何も言い返せない弱い立場ならともかく、れっきとした女優さんです。
ならば「GIジェーン2」と言われたとして、例えば
「あら、私がデミ・ムーアさんに代わって抜擢されるの❓光栄だわ。
じゃあ私はあなたをジェーンにコテンパンに痛めつけられる悪役に推薦するわ。
今日のお返しは撮影現場で、十倍返しにしてあげるから覚悟しなさい」
くらいは言って返せる立場だったと思うのです。
「そんなこと、とっさに言えるわけがないでしょ❓あんたバカぁ❓」
という声が遠くから聞こえてきました😆
しかし、英米の学校では小学校のうちからディベートの授業というのが学校でありまして、ありとあらゆるシチュエーションでの即興性ディベートを行わせます。
論理的思考力 (Logical Thinking)、批判的思考力 (Critical Thinking)だけでなく
瞬発的思考力 (Quick Thinking)を養成するためです。
英米では高校までが義務教育です。
つまり全国民が、少なくとも11年(英)もしくは12年(米)間はディベート授業で鍛えられています。
なので「とっさに言葉が出てこなかった(から手が出た)」では瞬発的思考力ゼロですと言ってるも同じ。
よほどの落ちこぼれと解釈され、日本ほどの同意も同情も得られないのです。
「なんだよさっきから、英米では、英米ではって。西洋かぶれかよ」
という声がまた遠くから聞こえてきました😆
ええ。
何故ならこれ、アメリカで起きた話ですもの。
このブログへのコメントは muragonにログインするか、
SNSアカウントを使用してください。