100年不変の無用な精神論
「企業に絡め取られた結果の死」(過労死とか、ハラスメント自殺とか)という報道に対しては、必ず
「だったら辞めればよかったのに」
「どうして逃げなかった」
「仕事より命が大事」
「自分本位で行動すべき」
といったようなコメントが山のようにネットに湧きます。
一方で上に貼った記事のように「今の若者は気軽に退職代行を使う人が多い」といったトーンで報道されると、今度は一転。
「安易です」
「逃げ癖が付く」
「退職代行を使って辞めたことは、高確率で転職先に伝達される(自分が人事だったら伝達する)」
「だから思うような転職はできないと思え」
といったような説教(脅し?呪咀?)コメントがネットに躍る。
陰湿だなあ。
「楽して辞めるような人間には、報いがあるぞ(苦労こそ至高)」
という脅しは、つい最近までの日本で堂々とまかり通っていた
「『お腹を痛めて』産んでこそ母親」
「痛みを感じないと母性本能は湧いてこない」
「無痛分娩なんて甘え、ズル」
という大ウソと根っこが同じですよね。
他人が楽している(と感じる)のが何より一番の苦痛だという病(やまい)。
日本の国民病ですよ。
同じ結果を出すなら、血を吐きながらより鼻歌を歌いながらの方が良いに決まってると私は思います。
しかし「血を吐きながらの方が偉い!」と信じて疑わない人の多さよ。
苦痛に悶えるほど(同じ結果に過ぎなくとも)付加価値が付いて尊くなるという錯覚。
昔むかし自動電気炊飯器を発明した人が、周りから散々なことを言われたという話を思い出します。
「こんなものを売り出したら、日本中の女が怠け者になる」
「君は、機械に飯を炊かせるような女を嫁にしたいと思うか?」
電気炊飯器の発明は今から101年前です。
意識が100年以上変わってない。
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