「切り取りだ」は万能言い訳ですか?
失言を追及された政治家が「切り取りだ」と言い訳するのが定番になっています。
「全文を読んでいただければ真意がわかるはず」というのもテンプレです。
しかし発言の全文読んでも、はて?切り取りでしょうか?と思うケースばかりです。
上の記事の小野寺五典氏もそうです。
小野寺氏はこう発言しています。
(非課税枠を178万円にした場合)
「400~500万円の所得層は手取りの増加が3~4万円程度になる一方で、所得が2000万円以上の層では30万円以上、実は手取りが増えてしまう」
これに対して
「『手取りが増えてしまう』という言い草よ」
「国民の手取りが増えたら困るのか」
という反発を喰らったんですね。
本人は
「低所得者よりも高所得者の方が手取りの増加額が大きい。
つまり金持ちほど恩恵が大きくなるから、弱者救済という点から考えるとよろしくない。
と、こう言ったまで。
国民の手取りを増やしたくないとは、ひとことも言ってない!」
と言うんでしょう。
しかし、日本の高所得者層って、所得税をたくさん払ってる割にはいつも目の敵にされますね。
何かというと所得制限、所得制限と言われて、恩恵にはあずかれない層ですよね。
一方で、住民税を1円も払ってない非課税世帯はフルに恩恵にあずかれて、バラマキ大好き自民党からはあの手この手でたびたび給付金ももらえる。
だったら、所得2000万円以上層の手取りが30万円くらい増えても別にいいじゃないですか。
所得が増えるほど所得税率も増えるのだから、たくさん所得税を払っていればいるほどこういう場合の恩恵額も大きくなるのは当たり前。
むしろ、高所得者をここまで目の敵にする意図は?と不思議になります。
高所得者だって日本国民ですよ。
国民の手取り(=実質収入)を、何とかして増やさないといけない。
本気でそう思っているなら、やはり「手取りが増えてしまう」というネガティブワード(しまう、の部分)は出ないと思います。
結局、隠しきれない本音がポロポロ出ているに過ぎないと感じます。
「義両親に『じいじ・ばあば』と呼びかけるつもりが、ついうっかり『じじい・ばばあ』と言っちゃった」
系のエピソードと同じで、一度も思ったことすらなければ、ポロッとも出ないでしょう、と思います。
個人の意見です。
鹿のフンのようにポロポロと。

画像はAmazonよりお借りしました。
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