エンドウ祖母がこだわった「お座敷小唄」の歌詞
「お座敷小唄」という歌があります。

1964(昭和39)年、私が生まれた年に発表された歌謡曲です。
61年前ですから、もはやZ世代どころかその親世代だって知っているか怪しい。
しかし当時、1964(昭和39)年のレコード売上は驚異の150万枚。
あんまりヒットしたので松竹が同名の映画を作製。
翌1965(昭和40)年の初めに封切られました。

すると1965(昭和40)年にも100万枚売れ、当時のレコード売上枚数日本記録を更新したため、2匹目のドジョウを狙って「続お座敷小唄」まで発売されました。

「お座敷小唄」1番はこんな歌詞です。
富士の高嶺(ふじのたかね)に降る雪も
京都先斗町(きょうとぽんとちょう)に降る雪も
雪に変わりはないじゃなし
とけて流れりゃ皆同じ
明治の終わり頃生まれのエンドウ祖母が、時々歌っていました。
しかしエンドウ祖母は上の歌詞をこうアレンジして歌っていました。
雪に変わりがあるじゃなし
とけて流れりゃ皆同じ
ある日幼児ミリエは、回覧板を持ってきたご近所さんとエンドウ祖母の会話を何気なく聞いていました。
近所「ねえエンドウのお婆ちゃん、よく歌ってる歌の歌詞、間違ってるわよ。『雪に変わりはないじゃなし』が正しいのよ」
祖母「いや、私はわざとこう歌ってる」
近所「・・・え??」
祖母「『雪に変わりはないじゃなし』だと『雪に変わりはないわけではない(二重否定)』だから『変わりはある』ことになってしまう。
この歌の意味は『どこに降ろうが雪は雪、変わりはないでしょ』なんだから『雪に変わりがあるじゃなし』でないと、文法的におかしい!」
近所「・・・!」
祖母「孫(ミリエ)が間違った日本語を覚えたら困るからね」
ここでご近所さん、ポカーンです。
このこだわりっぷりよ。
嗚呼、この祖母にしてこの孫あり。
ご近所さんがポカーンとした理由はもうひとつあります。
「お座敷小唄」は京都先斗町(花街・つまり歓楽街)のホステスさんが男性客に向かって「可愛く愚痴る営業トーク」。
つまりは艶歌だからです。
※「お座敷」と銘打っているから、芸者さんかな。
歌詞も2番以降になると内容がきわどくなります。
2番の歌詞はこんなふう。
好きで好きで大好きで
死ぬほど好きなお方でも
妻という字にゃ勝てやせぬ
泣いて別れた河原町(かわらまち)
つまり1番の(まだおとなしい)「雪がどーたら」というくだりも、実は
- 富士の高嶺に降る雪:汚れのない新雪=深窓のご令嬢(高嶺の花にかけている)
- 京都先斗町に降る雪:歓楽街で人に踏まれて汚れた雪=ホステス
近所での祖母の評判は、この件以前から「変わっている」「自己主張が強い」でした。
※当時(昭和)は「自己主張が強い」女性は「ダメ」というのが一般常識でした。
嗚呼、この祖母にしてこの孫あり。


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