酒井なつみ元議員の「普通の人になっちゃった」発言を分析してみる
酒井なつみ氏(中道改革連合から東京15区に出馬して落選)のSNSが炎上しています。
炎上しているのはこの投稿です。
\ママ普通の人になったの?/家族への想い
落選を伝えた時に、娘から言われた一言です。
「そう、ママ普通の人になっちゃった。どう?どんな風に感じる?」と聞いたら 「嬉しい。」と。
「たくさん一緒に過ごせるから。」と娘は答えました。
私はそっか、そっかと答えましたが、涙が溢れました。
(ご本人のXより)
批判する人の言い分は
「議員でなくなったら『普通の人』という言葉に特権意識を感じる」
「議員は『特別な人』だと思っている証拠。感じ悪い」
対して擁護する人の言い分は
「『普通の人』は子どもが使った表現。子どもに言いがかりをつけるな」
しかし、論点は「普通の人」ですか?
普通の人とはつまり一般人。
芸能人でなければ「一般人」と呼ばれるのが日本。
であれば議員でなければ「一般人=普通の人」というのも、批判されるほどの言葉だとは私は思いません。
下はマンガ「普通の人」(安西水丸・著)⇩
画像はクレヴィスよりお借りしました。

むしろ問題は「普通の人になっちゃった」の方だと思います。
「なっちゃった」は「なってしまった」の口語表現。
「なってしまった」は、「自分の意志に反する」「想定外の」「残念な結果に」なったことを表します。
更にその結果に対し「困惑している」「後悔している」ことを表すネガティブな表現です。
状態の変化を表す「なった」に後悔や完了を表す「〜てしまう」が付いた表現です。
例えばあなたにお子さんが誕生した時。
あなたは周囲に「子どもが生まれちゃったよ」と言いますか?
例えばあなたが社長に抜擢された時。
あなたは周囲に「社長になっちゃったよ」と言いますか?
もし言うとしたら、続く言葉はおそらく「どうしよう?」でしょう。
周囲はこう思うでしょう。
(望まない子どもだったの?)
(社長になりたくなかったんだ・・・)
望んだ子供、望んだ地位であれば「子どもが生まれました!!」「社長に就任しました!」と、誇らしげにスパーンと言い切るはずです。

「普通の人」はネガティブ表現ではない。
しかし「普通の人になっちゃった」はネガティブ表現です。
マンガであればコマの余白に「あちゃー」と書き文字が入るかもしれません。
そして、上の元議員氏のSNSでは、お子さんは「普通の人になったの?」と普通にフラットな表現をしています。
それを受けて「普通の人になっちゃった」とわざわざ「普通の人」を落とす表現を付け加えているのは、成人である元議員本人です。
なので「子どもが使った表現に言いがかりをつけるな」というのは的外れ。


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