荻外荘(近衛文麿旧宅)<後編>:荻窪~高井戸散歩其の❸
この記事から続いています。
食堂

サンルーム


和室書斎
文麿氏が自決した部屋。

上とは反対側の出入口から撮影。

客間(椅子・シャンデリアは復元)
国の史跡に指定された理由である
「昭和戦前期の政治の転換点となる重要な会談が数多く行われた場所」
がまさにここ。


客間の壁紙(復元)
犬(狼?)と鹿。

客間外側の廊下
廊下を通して庭が眺望できる設計です。

玄関
広い。

応接室(螺鈿の家具は復元)

玄関のすぐわきに設けられた応接間。
「客間と応接間は全く同じものでしょう???」と思われた方。
それが、部屋数の多いお屋敷では違うらしいのですね。
客間は賓客を迎えるための部屋。
応接間はもっとビジネスライクな対応を目的とした部屋なのだそうです。
この近衛邸でも玄関のすぐ脇に、玄関の次の間のように設置されています。
つまり、家の奥には通さない。
天井画や床タイルは豪華ですが、客間のような眺望はない。
例えば取材でやってきた記者などは、賓客ではないから応接間に通す。
家の中は見せずに、要件が終わったらそのまま脇の玄関からお帰りいただく、という感じでしょうか?
応接室の天井画(復元)

応接室の床タイル(復元)

西園寺公望筆「荻外荘」
西園寺家も近衛家と同じ藤原不比等の子孫ですが、明治時代は近衛家(公爵・華族の最上位)よりワンランク下の侯爵でした。
しかし公望が内閣総理大臣を2期務めたことで1920(大正9)年に公爵家に格上げされています。

床の間の飾り(可愛い)
文麿氏が自決した書斎とは別の和室。

蔵(立入禁止)
蔵だけは二階建てだったようです。

何年もかけて復元整備しただけあって、本当に素晴らしいです。
常々渋谷区やら世田谷区やら、時々横浜市と比べて「お金が無いのねえ」と思っていた杉並区。
しかし出すべき所にはちゃんとお金を出していることがわかって安心しました。
復元工程の映像には、この食堂からモダンな対面型システムキッチンを引っぺがしている様子もしっかり残っていました。
そりゃあ文麿氏のご子息が2012年に亡くなるまで住んでらしたんですから、キッチンくらい最新型に変えてましたよねえ。
ご子息は90歳没でいらっしゃいますから、バリアフリー改造もされていたでしょう。
それらこれらを撤去して、当時置かれていた家具の精巧なレプリカを写真を基に作って、80~90年前の姿に復元したわけです。
入館料300円は安いくらいです。
ここから高井戸駅まで歩き、駅前のスーパー・オオゼキに入っている回転寿司美登利で昼食にしました。
あと1回「スーパーの中の回転寿司美登利:荻窪~高井戸散歩其の❹」に続きます。


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