(前編)私が長年かぎ針編みを避けていたトラウマの正体は…
私は高校生くらいの頃から棒針編みをたしなんできました。
そして長年、かぎ針編みを避けてきました。
その理由は、母親(生母)です。
私のブログを早い時期から読んでいただいている読者の方はご存じでしょうが、私の母親は子ども嫌いを公言し、子育てを義父母つまり同居していた私の父方の祖母に丸投げし、ほぼ育児放棄をしていた。
今の言葉で言うなら毒親でした。
料理は壊滅的にできず、そもそもやろうとせず、腰の曲がった高齢の祖母(結婚後数年子供ができず、かつ父が晩婚だったため、私の祖父母は同級生の祖父母よりも高齢でした)にこちらも丸投げしていた母親。
縫物も全くダメだった彼女が唯一できた手芸的なことが、かぎ針編みでした。
ただし、やるものというかできるものはほぼ「グラニースクエア」だけで編む「モチーフ編み」とそれを単純に繋げていく「モチーフ繋ぎ」のみ。
<モチーフ編みとは>
かぎ針編みで円形や花形・四角形など様々な形(モチーフ)を編み、それらを繋ぎ合わせたりして(モチーフ繋ぎ)多様な作品を作る技法です。
短時間で手軽に編めるものも多く、カラフルな毛糸で編むことでオリジナリティが出せ、初心者でも達成感を得やすいのが特徴です。
(Google AI 回答)
モチーフ編みの単体画像はクロバーよりお借りしました。
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太字で私が強調したところがポイントです。
私は1964年生まれです。
私が幼少の頃、つまり1960年代後半から70年代前半頃にかけてのファッションは、今に比べると非常に奇抜な色使いのものが流行っていました。
例えを挙げるならヒッピームーブメントから派生したサイケデリックブームです。
なので当時の編み図本には、同じモチーフパターンでも下画像左のようなモノトーンの色づかいはあまりなく、右のような奇抜な色使いの見本写真が溢れていました。
画像左はFANTIST、中と右はクラフト♡トーカイよりお借りしました。
そして母親は、更にカラフルな毛糸で編むことでオリジナリティを出そうとして、右をもっと奇抜にしたような配色のものをせっせと編んでいました。
そして、ひざ掛けや布団カバーは1作品につき大量のモチーフを編まないと完成せず達成感を得るのが難しいため、できるだけモチーフの数のなく直線繋ぎだけでできる、マフラーやベストだけ編んでいました。
そしてある日、子供サイズの作品を数点仕上げて、私に身に付けさせようとしました。
モチーフ編みを直線繋ぎだけで繋いだベストは、下のようになります。
画像はごしょう産業よりお借りしました。
普段は私の世話など全て放棄しているのが、突然
「これ、編んであげたから着なさい」
と言うわけです。
少し長くなったので、後編に続きます。








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