映画評>ベスト・オブ・メン(2012年英国):BBC制作の良心的作品
邦題:ベスト・オブ・メン〜人間の最高〜
原題:Best of Men
2012年のロンドン五輪に合わせてBBCが制作したTV用映画(劇場公開用ではない)。
パラリンピック誕生のきっかけを描いた実話作品。
あらすじ
第二次世界大戦開戦(1939)直後のイギリスに、一人のポーランド生まれのユダヤ系ドイツ人神経学者が、ドイツでのユダヤ人迫害を逃れて英国に亡命します。
ルートヴィヒ・グットマン博士(Ludwig Guttmann/1899〜1980)でした。
👇のちに大英帝国勲章を受章し、サーの称号を得ました。
※「グッドマン」という誤記をネット上で散見します。
博士が「善人」ゆえの先入観でしょうが、アングロサクソン姓の「Goodman」の語源は「善人」ではなく「家長」です。
1941年、傷痍兵が棺桶(本当に白木の棺桶)に入れられて次々と運ばれてくるロンドン郊外のストーク・マンデビル病院(Stoke Mandeville Hospital)。
そこに脊髄外科医として赴任するグットマン。
👇現在もあるストーク・マンデビル病院。
(注・英語サイトです)
当時と現在。
ロンドンよりもオックスフォードに近い郊外です。
「敵国」ドイツから来た「適性国人」医師、ということで最初は看護師からも同僚の医師達からも軽く見られ、陰口を叩かれます。
しかし彼は全く意に介しません。
彼が赴任する前のその病院では、脊髄損傷患者は全身をギプスで固められ寝返りすら打てないようにされていました。
当然背中は床ずれだらけ。
そこから感染症になり死亡する者が多数でした。
またモルヒネを投与され、朦朧とした意識で戦闘の悪夢にうなされ、ただ死を待つだけにされていました。
グットマン医師はまずモルヒネ投与をやめさせ、ギプスを外させ、カテーテルを外させ、リハビリをさせます。
最初は反発していた看護婦たちも、患者がみるみる生気を取り戻していく姿を目の当たりにするとグットマンに協力的になっていきます。
やがてグットマンの患者たちは、全員が車椅子を使って移動できるまでに回復します。
すると今度はリハビリに車椅子でもできるスポーツ(アーチェリーや車椅子バスケなど)を取り入れるグットマン。
そして1945年、待望の終戦が訪れます。
いよいよ退院できるまでに回復したある既婚の男は、しかし退院を恐れます。
彼は言います。
「世間に出たら、俺たちは奇人・廃人扱いされる。サーカスの見せ物にされる。(妻子を世間の差別の目から守るために)離婚したい」
ある青年患者の両親は、まだ20歳(英国では21歳成人なのでまだ未成年の子供)の息子を老人ホームに入れる手続きを取ったと知らせに来ます。
「親である我々が死んだ後も面倒をみてくれる所は、そこしかなかった」
しかし、自分には未来があると言って両親の申し出を断る息子。
彼はグットマンが常々患者たちにかける言葉を信じていました。
「君たちには、未来がある」
そしてグットマンは、開催が決まった1948年のロンドン五輪に合わせて、病院内で彼らによるスポーツ竸技会を開催したいと上層部に掛け合います。
「障害者がオリンピックに出られるわけがない」
と嘲笑する同僚らにグットマンは言います。
「オリンピックに出場するのではない。彼らだけの『パラレル(並行)・オリンピック』をやるのです」
それは結局病院の敷地内で開かれた、アーチェリーだけのささやかな競技会でした。
しかしこれがのちに「パラリンピック」と呼ばれるようになる、障害者スポーツ競技大会の発祥となりました。
お涙頂戴的なアレンジはほとんどなく、話は淡々と進みます。
傷痍兵の話なのに、戦闘シーンの回想すらありません。
アメリカ映画なら絶対挿入すると思います。
TV用映画なので予算の関係もあるかもしれません。
例の20歳の青年は、競技会の時には「彼女がいる(初カノができた)」と一言だけ言います。
でも余計なラブロマンスエピソードは描かれません。
そのため89分という短尺でサクッと終了。
その淡々ぶりが逆に「実話」を感じさせて、私的には良かったです。
現在も病院に立つグットマン医師の銅像と、当時の写真。
👇2021年7月3日、グットマン医師生誕122年記念日のGoogleロゴ。
※カーネルサンダースではありません❗️
評価
🌟🌟🌟🌟(4.2/5点中)
邦題の「人間の最高」という意味不明な付け足しだけが余計。
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- ベスト・オブ・メン〜人間の最高〜
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