今日は何の日>5月8日:松の日&気候変動の日本史
社団法人日本の松の緑を守る会が1989(平成元年)に創立10周年を機に制定。
昭和56年5月8日に奈良県文化会館で第一回「日本の松の緑を守る」全国大会が開催されたことにちなむ。
日本の松の緑を守る会は2003(平成15)年に解散してしまったが、一般社団法人日本緑化センターが後を引き継いでいる。
日本では松竹梅(しょうちくばい)が縁起物の植物とされますが、一番古いのが松。
平安時代には既にめでたい木とされていました。
竹が縁起物の植物とされたのは室町時代。梅は江戸時代でした。
平安時代の日本は中世温暖期と呼ばれる暖かい気候でした。
温暖化と騒がれている現代に匹敵するほどの温暖期だったと考えられています。
当時は貴族の館ですら「寝殿造り」という、壁がなく室内と室外は屏風や御簾で仕切るだけの隙間風入り放題構造でした。
暑さ対策が重要だったのです。
※樹の年輪を調べた結果も、平安時代の気温は高かったという研究もあります。
この温暖気候に加え、人口はほぼ西日本(九州~近畿=日本列島南部)に集中していたためなおのこと、人の住む所に生えている木はほぼ広葉樹でした。
冬になるとそうした広葉樹は葉を落としてしまうのに、松(針葉樹)だけが青々としたまま。
そのため「不老長寿の象徴」と考えられたのです。
松の画像は語源由来辞典より。

竹は成長が早い、まっすぐスクスク伸びる、根を張り巡らせなかなか枯れないなどの特性から「子孫繁栄の象徴」とされました。
梅は3世紀に百済から日本に持ち込まれ、梅の実は漢方薬に利用されてきました。
それが縁起物に昇格した江戸時代は、気候が寒冷期に突入し、冷害とそれに伴う凶作・飢饉が頻発するようになった時期です。
寒冷環境に耐性のある梅の栽培が幕府によって奨励され、それまでは高価な漢方薬だった梅の実で梅干しが作られるようになり庶民の口にも入るようになります。
すると梅干しは身体に良いというので「健康の象徴」とされました。
ちなみに竹の日は7月7日(やはり!)、梅の日は6月6日です。
松竹梅画像は四国新聞より。


このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。