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 青蛙 おのれもペンキぬりたてか ー芥川龍之介ー



                                       

映画評>「オットーという男」:なぜキーパーソンがイラン人からメキシコ人に変えられたのか?

Millie Endo


この記事から続いています。



最愛の妻を亡くして偏屈が加速していた主人公を変えるきっかけになるのが、近所に引越してきた移民女性(妊婦)です。


原作小説でも、それを映像化した「幸せなひとりぼっち」でも、その女性はイラン移民という設定でした。


演じるのはバハール・パルス。
詳細情報は見つからず。


しかしリメイクされた「オットーという男」では、それがメキシコ移民に変えられています。


演じるのはマリアナ・トレビーニョ。



車の路上練習中にパニックを起こしたその女性を、オリジナルの主人公・オーヴェ(教えて、と乞われて助手席にいる)が励ます言葉(㊟要約あり)。


 「あんたは戦火を生き延びて、こんな遠国で言葉を学び直して、ダメ男(この女性の夫はかなりポンコツ風味に描かれている)を支えて、子供を2人産んで、もうすぐもう1人産む。そんなあんたに、車の運転程度のことができないはずがない!」


イランからスウェーデンは遠いですからね。
台詞にはありませんが、宗教も違います。


スウェーデンは「人道的見地」を理由に非常に寛容な移民政策を取ってきた国です。
2021年の統計では、スウェーデン全人口(約1千万人)の約20%(約200万人)が外国人移民です。


移民の出身国は、多い順に①シリア②イラク③フィンランド④ポーランド⑤イラン。


というわけで、スウェーデン現地ではイラン移民はそう珍しいわけでもなさそうです。


 これがリメイクだとこうなってしまいました。


運転練習中に路上でパニックを起こしたその女性を、リメイクの主人公・オットーが励ます言葉。


 「あんたは異国で言葉を学び直して、ダメ男を支えて、子供を2人産んでもうすぐもう1人産む。そんなあんたに、車の運転程度のことができないはずがない!」


「戦火を生き延びて」「こんな遠い国まで来て」がスパッとなくなりました。
その分、台詞の趣旨である「あんたは偉い!」の訴求力が弱めになってしまってます。


2021年の統計では、アメリカ全人口(約3億人)に占める移民の割合はスウェーデンより低めの13.6%。


移民の出身国は、最多がメキシコです。


イラン系移民ももちろんアメリカにいますけど…敢えて変えた理由は何なんでしょう?


主人公の妻はスペイン旅行でなぜバスツアーを望んだのか? 


「幸せなひとりぼっち」の舞台はスウェーデンのストックホルム。


ストックホルムからスペインは 、3,131.9 km車で約32 時間。
札幌から那覇よりまだ遠い。
普通、バスでは行かない。



 それでも妻が敢えてバスツアーを選んだ理由は、ズバリ 


「(労働者階級で、薄給で、親もいなければ遺産も何も持たない、ただただ正直で誠実なだけが取り柄の)夫の懐に配慮した」 


から。


もちろんそういう台詞などは全くありません。


しかし「幸せなひとりぼっち」では妻と知り合うまでの主人公の暮らしぶりのエピソードが丁寧に描かれているために、容易にこれが想像できるようになっています。


しかし「オットーという男」では、そもそも国内旅行。
しかもペンシルバニア州ピッツバーグからナイアガラの滝という近さに変わっています。


238.5 マイル≒383.8㎞、車で約3時間40分。
東京から名古屋に相当。
バスツアーも全然おかしくない。


なので「幸せなひとりぼっち」では


「妻が自分に遠慮してバスツアーを選んでしまったがために事故に巻き込まれ、お腹の中の息子を失い、妻も身体障碍者になってしまった。夫の自分がふがいなかったばっかりに、妻に気を使わせてしまったばっかりに」


というオーヴェの後悔と怒りと自責が伝わってきました。


妻もそれがわかってるから、夫がバス会社や旅行会社などを次々に訴えても、そのこと自体を止めはしなかった。


無理に止めると、夫の怒りは夫自身だけに向いてしまうから。


だから訴訟を止めない代わりに、ただ「そこまで愛されて、自分は幸せだ」と夫に伝え続けて、ガンで逝った。


夫の手元に残る妻の写真は、事故の前のも事故の後のも、笑っている写真しかありません。
夫の記憶の中の妻も、いつも笑っています。


笑顔が素敵な妻・ソーニャ。


 


演じるはイーダ・エングヴォル Ida Engvoll。
実は地毛は金髪?


一方「オットーという男」では、妻は夫が訴訟を続けるのを「止めた」と明確に言っています。


「(私たちも)生きて行かねばいけないから」


というのが理由です。


「起きてしまったことは、どこかで諦めなければ生きていけない。前を向きましょう」


というメッセージが強くなっています。


この辺はそれこそスウェーデンとアメリカの国民性の違いでしょう。


私の目には、オットーの記憶の中の妻は愁いを帯びた表情をしているように見えます。



演じるのはレイチェル・ケラー Rachel Rye Keller。



ちなみにこのシュっとした無口な青年が、約40年後に偏屈爺になります。


Before

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After