HSS型HSP🌏Millieの脳内世界

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It is getting hotter.
Be careful not to eat too much cold food.
This year's ducklings will hatch soon.
How many ducklings will we see ?

今日は何の日>7月22日:下駄の日&田捨女(二の字二の字の下駄の跡)



全国木製はきもの業組合連合会が制定。


👇連合会公式Twitter。


7は下駄の寸法を表わすのに「七寸七分」というように7がよく使われることから。
22は下駄の跡が「二二」に見えることから。


下駄の跡


「雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡」


1634(寛永11)年に詠まれた川柳です。


下駄の跡を風情と捉える、日本人独特の感性です。
英語圏の人に対して「足跡Footprints」を話題にしてみたらどうなるでしょう。
犯罪の話、もしくは生物学者のフィールドワークの話としか思われないことでしょう。


詠み人は江戸時代の女流歌人・田 捨女(でん すてめ/でん すてじょ)。
捨女は俳号で、本名は田 ステ(でん すて)。
1633~1698年。


昔の日本では「捨て子・拾い子は丈夫に育つ」という迷信から、我が子に「捨」や「拾」と命名することはよく行われていました。


豊臣秀頼(秀吉と淀の方の次男)も幼名は「拾丸(ひろいまる)」でした。
秀吉じきじきの命名と言われています。


淀の方が生んだ長男は同じ理由で「棄丸/捨丸(すてまる)」でしたが満2歳で夭逝してしまいました。
嘆き悲しんだ秀吉が「捨てただけで拾わなかったせいだ」と次の子には「拾」と命名したところ、丈夫に育ったと伝わっています。


田 捨女・早熟な天才


ステさんは弱冠6歳にしてこの句を詠んだと言われています。


当時は数え年ですから、満年齢だと5歳。
事実だとしたら天才です。



👇画像はJR柏原駅前(兵庫県丹波市柏原町柏原字松ヶ端)に建つ捨女の像。
やはり5~6歳の幼女の姿です。


丹波市観光協会公式より。


👇田ステ女記念館(兵庫県丹波市柏原町柏原)横のもう一体。
こちらの方が美少女です。




JR関西本線高井田駅から600m徒歩9分。


龍門寺(兵庫県姫路市網干区浜田)にはお墓も残っています。