綺麗なジャイアンならぬ良いチャッキー
先週末から米ドラマの「チャッキー」を観ています。
平日は入浴後就寝前がチャッキータイムになってます。
毎回ゴアシーンがあるというのに。
でも特にうなされてません。
昨晩からシーズン2に突入しました。
シーズン1はニューヨーク近郊の実在の街ハッケンサックが舞台です。
主役の14歳の子供たちのそれぞれの家庭の事情などが丹念に描写され、荒唐無稽な中にもリアリティがありました。
ところがシーズン2では、彼らは問題児が集められた矯正院のような寄宿学校に放り込まれてしまい、一気にリアリティがなくなってしまいました。
女子部屋に男子が朝までいても全くバレないし、夜中に外に抜け出しもし放題って。
こんなユルユルの寄宿学校、意味があるんでしょうか?
「見ぃ〜ちゃった見ぃちゃった アッコちゃんの秘密見ぃちゃった」
(「ひみつのアッコちゃん」のチカ子ちゃん)
みたいな、めざといクラスメイトもいない。
画像一番右のおかっぱメガネ女子が⇩チカ子ちゃん。
©赤塚不二夫

なぜ?
普通は壁にミザリー障子にメアリーさんが一人はいるでしょうに。
そしてチャッキーの魂は何十体にも分裂。
そのうちの一体が」、素人(子供たち)が見よう見まねでやった一夜漬け(比喩ではなく実際に一晩で終了した)の洗脳で、綺麗なジャイアンならぬ心の綺麗な良いチャッキーに生まれ変わります。
ローマは一日にして成らないけど、良いチャッキーは一晩で成るんかい。
シーズン1は最高でしたが…2はどうなるんでしょう。
ところで、1で真っ先に殺されたジェイク(主人公の一人)の父親が、寄宿学校の校長で復活。
同じ俳優が演じているのですが、ジェイクのセリフにも
「あの校長、僕の父親そっくりだ…」
という自虐ギャグがあって吹きました。
さて、良いチャッキーは目が邪悪じゃない。
果たして良いチャッキーはチャッキーなのか、こんな無毒な人形を果たしてチャッキーと呼んでも良いのか?
というチャッキー・ジレンマがそして発生。
下の画像右は、第一作から30年以上一貫して(リメイク版のAI人形だけを除いて)チャッキーの声を演じ続けるブラッド・ドゥーリフ氏。
今度の3月14日で75歳。
画像はスクリーンオンラインよりお借りしました。

とりあえず、まだしばらくは毎晩チャッキー三昧です。
<おまけ>
ジャック・ニコルソンがアカデミー主演男優賞を獲った「カッコーの巣の上で」(1975)にも出演していたドゥーリフ。
ニコルソンの後ろの細いニイさんが50年前、25歳のドゥーリフです。
画像はシネモアよりお借りしました。



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