再)安倍元総理国葬>悼む気持ちが無いのなら止めてしまえ
割と本気で憤ってるので再公開。
初回公開:本日12:00。
誰が追悼演説をするかで自民党内でケンカ。
マウントの取り合い。
自民党が故人を悼む気持ちで国葬を主張しているわけではない、ということがよ〜くわかりました。
葬儀というのは残された者が悼む気持ちを昇華させるために行うものです。
悼む気持ちが無いのなら止めてしまえ、が私の意見です。
個人のブログでも、残念な賛成派の人を実際に見ます。
「国葬に反対するのは輩(ヤカラ)だ」
とか
「国葬反対者は、それでも日本人か。恥ずかしくないのか」
「恥を知れ」
といった論調です。
自分の意見と反対の意見は、全て恥ずべき考え。
第二次大戦中に他人のあら捜しをしては「非国民」と罵っていた人たちと全く同じ思考回路ですね。
いわば「民主主義から一番遠い思想」の人が、熱心な自由民主党サポーター。
・・・謎が深すぎる。
私は、岸田総理は「自分が(喪主の立場になって)目立つために」国葬にこだわっていると最初から思っていました。
しかし、だからこそ、少々の反対意見が出ようが(自分のために)何が何でも絶対強行するのが目に見えてる気がするから、何を言っても無駄。
ならばせめてきちんと故人を悼んだ葬儀にしてもらいたい、とそれだけを願っていました。
しかし(一部とはいえ)賛成派の「反対するヤツは非国民」調の意見や、自民党内部での情けない内輪もめの現状を見ていたら、ちゃぶ台をひっくり返したくなっています。
👇画像は映画『自虐の詩』(2007年)より。
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