とうとう公式スポンサーが1社撤退したパリ五輪「最後の晩餐」悪趣味パロディ騒動
「多様性について語りたかった。フランスには創造や芸術の自由がある。我々には多くの権利があるのだと伝えたかった」
(トマ・ジョリー/パリ五輪開会式芸術監督)
でた「多様性」。
泣く子も黙る「多様性」。
無理が通って道理が引っ込む便利なマジックワード。
生首アントワネットについては、支持者は
「フランス革命はフランスの歴史なんだから、どう解釈しようが勝手だろ」
と開き直ってますが、彼女の太い実家(ハプスブルク家)がまだ存続していて、実家のあるオーストリアが国を挙げて不快感をあらわにしている点は無視している。
一方「最後の晩餐」はフランスのものではない。

描いたレオナルド・ダビンチはイタリア人。
描かれたキリストと十二使徒は全員ユダヤ人。
信者ベースで考えるとキリスト教徒23億8200万人(2020年)の共有財産。
キリスト教徒の世界人口に占める比率は約31%。
フランスが我が物顔でパロディにする権利がそもそもあるのでしょうか。
ないよ。(即答)
ムハンマド(イスラム教預言者)の風刺画を、抗議を無視してしつこくしつこく掲載し続けた風刺週刊紙「シャルリ・エブド」が襲撃された、2015年のテロ事件はもう忘れましたか。
「シャルリ・エブド」は政治的・宗教的権威に対する挑発的な風刺画やジョークだけに特化して掲載する風刺新聞。
※風刺:遠まわしに社会や特定人物の欠陥などを批評すること。
イスラム過激派襲撃事件で社員12人が犠牲になりましたが、今でも刊行中。
公称発行部数20万部/年(2020年)。

多くの日本人にとっては、そんなニッチなジャンルに週刊で出すほどのネタと需要があるという点がまず驚きだったと思います。
日本では「テロは許されない」が「表現の自由を盾に取れば何を言っても許されるわけではない」という常識的意見が多数派でした。
しかし本国フランスでは370万人(フランス総人口6,800万人の2割弱)もの市民が「Je suis Charlie 私はシャルリ」というプラカードを持って練り歩くデモに参加。
※「私はシャルリ」はシャルリ・エブドの行い(イスラムに対する挑発と嘲笑)を全面的に支持し、フランス流表現の自由を死守するという意味。

一番上に貼った記事では(わざと?)言及していませんが、五輪スポンサーのひとつだったアメリカの通信会社C Spireがスポンサーからの撤退を表明しました。
下はC SpireがXに投稿した全文です。
We were shocked by the mockery of the Last Supper during the opening ceremonies of the Paris Olympics. C Spire will be pulling our advertising from the Olympics.
訳:パリ五輪開会式での「最後の晩餐」に対する嘲笑に我々は驚愕した。
Cスパイアはパリ五輪から広告を撤退する。
イーロン・マスク氏も激怒を表明しました。
This was extremely disrespectful to Christians.
訳:キリスト教徒に対して失礼極まりない行為である。
「平和の祭典」にわざと火種をブチ込みまくり、燃え上がるたびに「表現の自由」と叫ぶのがおフランス流のリベルテ(自由)なんですか?
放火魔とどう違うんでしょう。
放火魔が放火をする心理を、アルソックは5つに大別しています。
(心理学者によってはもっと細かく分類する人もいますが、今回はアルソックから引用)
- 怨恨・復讐
- 承認欲求
- 放火癖(愉快犯)
- 利害
- 保険金目的
「我々には多くの権利があるのだと伝えたかった」から敢えて特定対象を挑発する風刺を繰り返す(ケンカを売る)というのは、⒉の承認欲求に当てはまりますね。
この程度のゆるかわなパロディにしておけば平和に済むものを…

最後の画像はダヴィンチ研究所よりお借りしました。




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