HSS型HSP🌏Millieの脳内世界

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It is getting hotter.
Be careful not to eat too much cold food.
This year's ducklings will hatch soon.
How many ducklings will we see ?

映画「見えざる手のある風景 」:笑うに笑えないSFコメディ


Amazonプライムビデオで「見えざる手のある風景」観ました。

㊟カニではありません☝地球人類より遥かに高度な科学文明を有する知的生命体です。


見えざる手のある風景 Landscape with Invisible Hand

(2023年アメリカ)


<ジャンル>

自称:SFコメディ

実際:SF社会風刺ブラックコメディ


地球人類など虫ケラに見えるほどの圧倒的高度文明を持つ宇宙生命体に、ある日突然支配された地球。


彼らの高度なテクノロジーのために地球人の大半はその職を失って困窮します。


これは、現在進行形で多くの職業がAIに奪われていることへの風刺と思われます。


主人公の黒人少年の母は法科学校を主席で卒業した敏腕弁護士でしたが失業中。
夫も失踪中。


辛うじて家は手放さずに済んでいますが、ファーストフードの店員の求人に応募しています。


クラスメイトの白人少女の父は公認会計士だったようですがすでに家も失い、ホームレスと化して一家で野宿をしています。


少女がまだ辛うじて中学校(と思われる)に行けているのは、学費が無償だからでしょう。
とうに高校を出ている歳の兄は無職のようです。


このエイリアンは、他のSF映画に出てくるステレオタイプのエイリアンとは違い、経済支配以上のことは行いません。


地球人を強制労働させたり虐殺したり拷問したり家畜にしたり、などという非道なことは一切やりません。


地球人に自分たちの言語や歴史などを教育しようとはしていますが、あとは放任しています。


運よくエイリアンに雇われた者には、驚くほどの高給がきちんと支払われているようです。


しかしその運に恵まれない者たちは、真綿で首を絞められるようにゆるゆると貧困化し、明日の食べ物にも困るしかない。


少年は少女に好意を持ち、自宅の地下室を無償で貸すと言い出します。


食費すら払えないことを恥じた少女は、少年にある提案をします。



「恋愛配信」


高度文明を持つエイリアンは無性生殖を行うため、地球人の行う恋愛行動に興味を持っている。


地球人の恋愛模様を配信で鑑賞することは、彼らにとっては未知の、エキゾチックな娯楽になっているというのです。


そういうわけで今で言うところのユーチューバーになった二人。
着実に小銭を稼いで、少女は家賃と食費を払えるようになります。


しかしそこで本性を表したのが少女の父と兄。
黒人母のPCを無断で使ったり、黒人一家の買い置きの食糧を断わりもなく食べたりし始めます。


そして黒人母から「次から使いたい時は事前に言って」と、常識的かつ理性的な注意をされただけで
「不親切だ」「馬鹿にしている」「家賃は払ってるんだから、威張るな」
と居直って騒ぐ始末。


黒人母は大憤慨。


そんなこんなで少年少女の幼い恋愛感情にも翳りが出てきます。
しかし背に腹は変えられず、お金の為に多少の演技を交えてでも配信を続ける二人。


するとある日それがバレて、エイリアンに訴えられてしまいます。


「罰金は、六代かかってやっと支払える額」


と言い渡されて茫然とする二人。


高度文明を謳歌するエイリアンたちには「初犯には甘く」とか「未成年には甘く」といった地球人的ナアナアな考えは一切ないようです。



ある日、二人が通っていた学校が突然閉鎖されることになります。


理由は、エリアンのテクノロジーによりフルリモート教育が可能になったから。


失業に失望した二人の担任教師は、拳銃自殺をしてしまいます。


校舎を封鎖するために貼られたパネルの上に絵を描く少年。
実はこの少年、かなり絵が上手いのです。


それがエイリアンの目に留まり、大絶賛を受けます。


正式契約を結び、絵を量産するようオーダーを受けた少年。
もちろんそれなりの莫大な報酬も約束されます。


しかし。。。



ある理由…それはおそらく表現者としての矜持から、どうしてもそれを受け入れられなかった少年。


無一文で地球に戻り、廃墟と化した元学校の壁に、再び絵を描き始めます。
少女と一緒に。



困窮者が溢れかえっているのに強盗や殺人が一切起きてない(皆、ただ無気力なだけ)とか、エイリアンの姿が完全にウケ狙いだとか、コメディ的配慮はされていますが、カラッと笑えるいわゆるコメディではないですね。


視聴後感は重めです。


「見えざる手」とは


高校で習う「経済学の父」アダム・スミス(英国人:1723~1790)が「国富論」で使用した言葉です。 


<見えざる手 Invisible Hand>(byアダム・スミス)


市場経済においては、個人がそれぞれ好きなやり方で自己利益を追求すれば、「見えざる手」に導かれて社会全体としては適切な資源配分が実現され、おのずと社会繁栄と調和につながるものである。