レトロゴージャスに生まれ変わった九段会館の歴史
地下鉄半蔵門駅から大妻大学
大妻大学がから靖国神社
靖国神社から昭和館
ときて、次は昭和館のお隣の九段会館テラスに行きました。
九段会館といえば、2011(平成23)年の東日本大震災において、東京都で唯一死者を出した建物として記憶されている方も多いと思います。
老朽で劣化していた天井が地震で崩落し、犠牲者が出たものです。
九段会館は、1928(昭和3)年に行われた昭和天皇の即位の礼を記念する「昭和御大礼記念事業」の一環で、国有の「軍人会館」として1932(昭和7)年に起工。
1934(昭和9)年に竣工しました。
地下1階地上4階建でした。
竣工当時の画像は九段会館テラス公式よりお借りしました。
戦後は連合国軍進駐に伴いGHQ(進駐軍)が接収。
「アーミーホール」と改称され、進駐軍宿舎になりました。
昭和27(1952)年の講和条約発効による進駐軍撤退で、接収は解除。
その後、国は一般財団法人日本遺族会(昭和館の運営受託法人として、前の記事でご紹介済です)に無償払い下げを計画しました。
しかし遺族会では不動産取得税(払下げを受けた場合に発生)や、その後の固定資産税が払えないいう問題が発生。
結局、国は同会に対する無償貸与に切り替えます。
土地・建物共に無償貸与を受けた日本遺族会は、1957(昭和32)年に名称を「九段会館」と改称。
宿泊場・結婚式場・貸しホールとして営業を開始。
以来2011(平成23)年まで54年間にわたって営業を続けました。
平成頃の画像はWikipediaよりお借りしました。
しかし東日本大震で死傷者が出たため廃業。
土地と、壊れたままの状態の建物が日本国政府に返還されました。
その後数年間「立入禁止」表示で封鎖されていましたが、2017(平成29)年に行われた一般競争入札で東急不動産が落札。
東急不動産は九段会館の一部を残して地下3階、地上17階建の複合ビル「九段会館テラス」に建て替えました。
2022年(令和4年)7月に竣工、10月に開業しています。
現在の写真がこちらです。
古い建物の真後ろににょきーんと高層ビル。
デジャヴを感じると思ったら、東銀座の歌舞伎座と構図が似ているのでした。
こちらは歌舞伎座。
画像はABC松竹公式よりお借りしました。
1回続きます。





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